4月29日(日)
今回の天気予報は今日くらいまでが悪くて、5月2日までが良さそうで、3日以降がまた崩れそうである。昨日出発していれば今日は1日中雨の中を歩かなくてはならないので出発を今日にしたのだ。出発時のザックの重量は17.2kgである。JR六甲道から14:32に乗る。
大阪から地下鉄で天王寺で降りて阿倍野橋で乗り換える所を途中で難波で乗り換えすべきだったと勘違いし始める。難波はもう過ぎてしまったので引き返そうかと考えたがいやいや中百舌鳥まで行って南海線に乗り換えればいいやと更に勘違いする。中百舌鳥に着いてからようやく最初に思っていた天王寺乗り換えが正しかった事に気付いて天王寺に引き返す。1時間程のロスである。
阿倍野橋から吉野線16:20の急行に乗る。天王寺で地下にある駅近くのam-pmのコンビニで当日食糧を調達する。17:52に吉野口に着く。駅でコンビニで買った夕食のザルソバを食べる。コンビニで買った食糧がザックに入りきらないので手提げポリ袋を手に持って歩く事にする。途中水場で水の補給に備えてプラティパスのポリタンクも手提げに入れる。まだ十分明るいが雨がしとしと降っている。傘を差す程ではない。ザックカバーに付いているフードを被って金峰神社に向かって出発する。
千本口から最終ケーブルがまだ運行しそうなのと雨なので500円払って乗ろうかと思うが出発が18:35頃でまだ15分先である。時間があるので七曲坂を歩く事にする。今日のルートは旅館街から中千本〜上千本経由にする。雨の中を金峰神社までは遠い。6km強ある。上千本辺りから暗くなる。水飲み場で水を補給する。雨の中で手提げポリ袋が益々重くなり歩きにくい。
途中で気付くが暗いので間違って高城山に登ってしまう。高城山の山頂付近では立派な休憩所がある。雨が止まない事もあって今日はここで泊まろうかと軟弱になったりもするが、前の時の失敗を踏まえて電車でアルコールは飲まなかったので、元気を出して真っ暗な中20時頃にようやく金峰神社にたどり着く。早速ウィスキーを飲みながら松茸のお吸い物や明日の行動食のジフィーズの飯を作り21時過ぎに寝る。
4月30日(月)
朝6時前に目が覚める。一晩雨が降っていた。昨夜は暗かったので気付かなかったが金峰神社の社務所が焼失しているのには驚いた。つい最近の今年の4月に火災を起こしたようだ。休息所が被害に会わなくて良かった。ここも焼けていれば昨夜は更に先の東屋までいかなければならなくて慌てていただろう。雨はまだしとしと続いている。でも小雨で助かる。味噌汁を作って朝食をとってから金峰神社を6:50に出発する。
今日はできれば行者遷ノ宿まで行きたいがこの雨では無理かもしれない。当然ずっと誰にも会わない。四寸岩方面をやり過ごして山上ケ岳方面の道を取る。道は下に見える舗装路の林道と並行して続いており、暫くして通行止めのロープがかけられている所は相変わらずそのままである。前の失敗を繰り返さないよう舗装林道に降りる。
ここから暫く舗装路の林道を行く。緑の鉄製階段から直登10分「足搨の宿跡」へ登る。この足搨の宿跡の小屋に9:12に着き小休止する。この小屋のノートに昨日通過した人のメモが残っており千葉県から来て昨夜は五番関に泊まると書いてある。テント泊する積もりだろうか。初めて来て小屋が無い事を知らないのだろうかと思う。
昨夜テント泊だったら大変だろうなと思う。その内追い付くかも知れないと思って出発する。この辺りからようやく雨が収まって来た。90丁の林道との交差点で今日初めて人を見る。車で写真を撮りに来ている男性だ。10:12に百丁茶屋に着きここでも小休止する。ここから5番関への道を間違ってしまう。水場へ10分と書いた道標があったので5番関への道と勘違いしてしまい水場まで行ってしまい20分程ロスしてしまう。
正規の上の道をとると前の記録の「6分更に12分も行けばタップリの水場が各々2本現れる」とは違って最初の水場まで30分以上かかる。11:56に5番関に着く。途中残雪が現れる。洞辻茶屋に13:41に着くがここ迄誰にも会わない。この時期にまだ雪が見られるとは思ってもみなかった。洞辻茶屋で小休止していると外人さんの4〜5人が下ってきた。山上の宿坊で東西院の向かいで通りに面している休息所には人がいて営業しているようだった。山上ケ岳に15:09に着く。
お堂は閉められており姿が見えるのは社務所の人だけである。ひどいガスの中で写真も撮れる状態ではない。寒い。山頂に来るまであちこちで残雪が見られた。行動食を食べてから直ぐ出発する。直ぐに雨になりだした。百丁茶屋から洞辻茶屋ではガスも消えて天気に希望も持ち始めたがここではガスもひどい。小笹の宿に着いたのは16:00である。誰もいない。
ここから先、行者遷ノ宿まではコースタイムで4〜5時間かかる。明日以降の事を考えると行者遷ノ宿まで足を伸ばしておいた方が良いのだが、右足の踵が痛いのと天気が悪くて気分が乗らないので小笹の宿に転がり込む事にする。ここはいつも水がたっぷりあるので安心できる。
5月1日(火)
今日も朝6時前に目が覚める。朝方は雨は降っていないがガスがかかっている。憂鬱である。朝食を取って準備をしているとガスも晴れて来た。今日は出来たら深仙の宿まで行きたいものだ。6:50に小屋を出発する。柏木への分岐点の女人結開門に近付くともうガスって来る。大普賢岳山頂で初めて若い単独登山者に出会う。
11:24に行者遷ノ宿に着いて水場を確認すると全く水が来ていない。ドラム管からホースが外れている。そういえば来る途中ホースがつながっていない所があったがそこでも水は漏れていなかった。冬の雪の圧力で源流でもホースが外れているに違いない。期待していた水が得られない。弥山の小屋で手に入れるしかない。水は幸い多少残っているので弥山迄は持つ。
荒廃した一ノタワ避難小屋手前で一人の若者に出会い行者遷小屋は泊まれるのかと聞かれる。装備は小屋泊まり程度の小さなザックである。泊まれるが水が無いと注意してあげた。行者遷トンネル分岐に近付く頃から人に出会い始める。弥山の小屋に15:30に着く。これから深仙の宿まで行くにはコースタイムで6時間若かかる。休憩したり小屋で水を補給してからでは遅くなり過ぎるので取り合えず狼平の避難小屋に向かう事にする。
そちら方面から登って来た人に聞くと10人くらい泊まれる奇麗な小屋で自分もそうだと判っていれば寝袋を持って来るのだったと言っていた。小屋の手前からきれいな木の階段がずっと続いており結構歩き易い。小屋に着くと最近のH11年に建った立派な小屋だ。1・2階に各10人程度泊まれるが、トイレがないので周辺が汚れているのだろう。先客が一人2階で寝ている。また直ぐにもう一人が入ってきた。今夜は3人だ。天気予報では明日午後から雨模様になるそうだ。その後も暫く天気が良くならないようなのと右足の踵が痛いので明日天川の川合に降りる事に決める。
5月2日(水)
朝5過ぎに3人とも一斉に起きる。私が最も段取りが良いので6:25に最初に小屋を出る。起きた時は晴れていたのに出発する時はガスって来て小雨もパラパラ来る。益々下山は正解だという気持ちになる。栃尾辻までの尾根は樹林帯が雰囲気があって傾斜も緩やかですばらしいコースだ。栃尾辻の避難小屋に7:55に着く。大学生らしき2人組が朝食の準備をしていた。扉と床の無い5人も入れば一杯になるようなトタンに屋根と壁だけの小さな小屋である。
栃尾辻からの下りで8:20頃一度林道にかなり接近する所がありそこに降りるべきだったかと迷い始めるがそのまま登山道が正解であった。林道と交差するのは更に先で林道手前には20m程の木の不安定な橋(木道)を渡ってからである。8:55に林道と交差する。9:55に登山口に着く。
吊橋を渡って右に折れてバス停留所に10時過ぎに着く。奈良交通バスの下市口行きはラッキーにも10:39にあった。今回は右足の踵が痛いのでスピードが出なかったのと最近運動不足でふとももの筋肉痛までが出始めたのが精神的失敗の原因だ。 |